1.

―――やっぱり、来なきゃ良かった………っ。

オレ……砺波一太郎は早くも巨大都市『掃き溜め』に来たことを後悔していた。

都市ってのはどこも治安が悪いと知識にあったけど、足を踏み入れて三十分で人を殺している場面に出くわさなくたっていいと思う。
殺人シーンなんて見たことはないけど、派手に飛んだ血飛沫といい、ぴくりとも動かない男の人といい、目の前で行われたのは間違いなく殺人のカテゴリーに括ってよさそうだよね。
しかも、殺人を犯したのはオレとそう年の変わらない少年。人が人を殺すだけで充分なダメージだというのに、自分と同い年くらいの子が人を殺すなんてかなりショッキングな光景だ。

確かにこの『掃き溜め』は幾つかある都市の中でもかなり危険地域だっていうのは聞いてた。組織の抗争や治安の悪さのために、毎日のように人が死んでいるらしい。
けど、オレ自身は生まれてから十七年間ずっと平和に生きてきたもんなぁ。世界最大の恐怖が、大家のおばちゃんの家賃集金ってくらいだし。
それがどれだけ幸せなことだったのか、住んでいた場所を追い出されて初めて知った。

巨大都市『掃き溜め』
いくつかある都市の中でも一番大きいと言われるこの年は、今の日本の中心ではあるのかもしれないけど首都なんて格好のつくものじゃない。
法も秩序も喪われた今のこの世界には、そんな存在は必要ないからだ。

先進国であり、世界に誇る技術や経済力を持つ日本………それがオレたちの国の過去の姿だったらしい。

けれど、今はもうそんな国は存在しない。
僅か直径200cmにも満たない隕石が、世界の歴史から日本を消したのだ。

二十三年前、日本の関東地方に一つの隕石が落下した。
大気圏内で殆ど燃え尽きた隕石による被害は、収穫間近の稲をなぎ倒しただけの小さなものだった。
三面記事に乗っていたのは、隕石の写真と、近隣住民のインタビュー。一週間も経てば忘れられるような、それだけの事件で終わる………筈だった。

けれど、これこそが日本の崩壊の序章であったのだ。

隕石が落ちて二日後、隕石の第一発見者が謎の死を遂げた。頭痛を訴えていたかと思うと急に倒れ、高熱に苦しんだ後に死んだという。最終的な体温は45℃にも達していたという。
新聞社はこぞって隕石と男の死を関連付けた記事を書いた。
しかし、記事が刷り上がるよりも早く、隕石落下付近の住民たちはもちろん、野次馬たちや現地に取材に来ていた記者たちが同じ症状で次々と死んだ。
只事ではないと判断した政府が医療チームを派遣して明らかになったのが、死の原因が隕石に付着していた未知のウイルスだったこと。

そして………治療法も対策も現代医療では発見出来ないことだった。

空気感染するという地球外のウイルスは、瞬く間に日本全土に広がった。病院のベッドは埋め尽くされ、医者までもが倒れていく。
幸か不幸か、このウイルスが流行ったのは日本列島だけだった。ウイルスは潮風に弱く、海を渡ることが出来なかったからだ。
政府は感染していない人々を海外に避難させようとしたが、全ての国から受け入れを拒否された。日本を発つものは、飛行機も船も何もかも攻撃を受けて海に沈んだ。
そして、諸外国は日本を滅びた国として一切の外交を絶った。
日本は世界から隔離され見放された土地となったのだ。

というのが、オレたちが習った日本の歴史だ。
過去のことなんか本当かどうか確かめようがないから、オレたちはこの大人たちが語る日本の歴史を信じることしかできないし、この歴史が間違っていたとしても『だから?』としか言いようがない。
この国が見捨てられた国だということは確かなことなのだから。

ともかくそのウイルスは人間をどんどん殺しまくったあとに漸く沈静化したんだけど、日本はすでに国として成り立たなくなっていたそうだ。
そりゃ、三ヶ月の間に人口が一億から一万ほどに減ったらそうもなるだろう。
ただこれこそが唯一の幸いで、ウイルスが人以外には感染しなかったために動植物が無事だった上に、民家や工場、電子機器など生活に必要なものが全て残っていた。
ここで二つの生き方ができた。
自給自足を求めて各地に散らばる者と、電力などの分散を避けるために一部の地域に固まる者。
オレの両親は各地に散らばることを選んだ方で、世間では『鄙人』なんて呼ばれているらしい。
小さな集落を作って、概ね平和に暮らしてる。
一部の地域に固まる人たちのほうがもちろん多く、そうしたところは都市と呼ばれている。
その中でも一番規模が大きい都市が、この巨大都市『掃き溜め』だ……ってオレは聞いている。
けれど、上に立つ者が決まらない『掃き溜め』の治安は安定せず、全ての人が豊かに平和に暮らしているわけでもないらしい。
オレは鄙人だから『掃き溜め』の事情はよく分からないけど、出入りの商人さんから聞いていた話だと抗争や暴力の絶えない都市だそうだ。
そして、上手く立ち回ることさえ出来るのなら、どんな夢も叶う都市。

だからこそ、三日もかけて閉鎖都市へと来たんだけど………。
オレは、もう一度こっそりと茂みから顔を覗かせて殺人鬼たちの様子を伺うことにした。

「なんで殺っちまったんだよ?」

燃えるような赤い髪の女の子が、傍らに立つ少年を鋭く睨み付けている。
口調からすると少年にも思えるけど、チューブトップに覆われた胸に括れた腰はどう見たって女の子だ。
なんて言うか……エッチな身体してるよなぁ。少なくとも、オレのご近所にはいないタイプだ。うん。

大の男でも怯んでしまいそうな眼つきで睨まれた少年は、無表情のままナイフを………男の首に突き立てたせいで血に汚れたナイフを腰のケースに仕舞っていた。
オレと同じ年か下手をすれば年下かもしれない。
簡単に人殺しをやってのけたくせに、肝の据わった力強い真っ直ぐな目をしていた。

「大和が手を汚すこともねーだろ。そのまま放っときゃ、生きたままキメラの餌になったってのに」

『キメラ』
出入り商人から聞いたことがある。
動物の遺伝子を弄ったり掛け合わせたりして出来た生物で、姿形は犬や猫のようでありながら、爪や牙の鋭さ、大きさや凶暴さはオリジナルの倍らしい。
なんでも抗争に負けた組織が作った生物兵器で、組織が壊滅した後は駆除にも手が回りきらず放置され、『掃き溜め』のあらゆる場所に巣くっているそうだ。
人も襲うので、キメラの姿を見たらすぐに逃げるようにとも教えられたけど……マジでそこら辺にいるんだ!?
地面に這いつくばって芋虫のようになっていたあの人じゃ、確かにキメラのいい獲物になってたよね。
けど、大和って子が男の人を殺した時に怒った女の子の理由が、生きたままキメラに喰わせようとしていたからだったなんて……えげつないよ!

「どうせ殺すなら、一番苦しい方法で殺せばいいじゃねーか。ンなとこでイイ人を気取ってどうすんだよ?」
「……それをしちまったら、俺たちもこいつらと変わんねぇだろうが」

低い声で告げた大和に、女の子はムッとしたように唇を尖らせた。

「目には目を、歯には歯をっつー、素敵なことわざあるじゃねーか。同じことして何が悪ィんだよ」
「那智。お前は、それで理央に胸を張れるのか?」

怒るのではなく諭すように言った大和の言葉に、那智と呼ばれた女の子の表情が急に引き締まる。
真っ直ぐに見つめる大和の視線からふいと目を逸らし、きゅっと唇を噛み締めると、

「………ゴメンナサイ」

素直に頭を下げた。
軟化した態度に大和の表情が和らぐ。
手を伸ばすと、那智の頭を軽く叩いた。
見ているだけで、信頼関係が成り立っているなぁって思うほどに自然な動作。恋人同士って言うよりは、兄妹や仲間……そんな感じの親密さ。

「だいじょぶ。那智の迂闊さは理央も知ってる」

闇の中、鮮やかに浮かび上がる白髪……いや、銀髪の女の子が口を開く。
オレよりも二つぐらいは年下かな。那智が女の子にしては長身だって言うのもあるけど、この子は随分と小柄だ。
しかし、感情が感じられないって言うか、なんて言うか……随分と棒読み口調だ。

「むしろ、物分かりのいい那智は気持ち悪い」

爪先立ちをして、自分よりもかなり上の位置にある那智の頭をよしよしと撫でる。

「刹那。テメェ、慰めるって言葉の意味を大幅に履き違えてるだろ」
「いひゃい」

柔らかそうな頬に捻りを入れて抓る那智。
少女は抵抗もせずに痛みを訴えているけど………無表情だから本当に痛いのか疑わしい。
不意に少し離れた場所にいた藍色の髪の少年が、三人の元に近寄ってきた。
すっかり存在を忘れていたけど、最初からこの場にいる。三人の会話に我関せずの様子で三脚の傍で作業をしていた少年だ。
多分、この中で一番年上だろう。青年と少年の間ぐらいの年齢だ。
気付いた大和が、すぐに少年に声を掛ける。

「縹(はなだ)、ちゃんと撮れてたか?」

大和の質問に、縹と呼ばれた知的そうな少年は手にしていたメモリーカードを掲げる。

「ええ。那智の馬鹿面はちゃんと映っていますよ」
「誰がバカだ、こるァ!」

縹さんの言葉に那智が素早く反応する。
縹さんは詰め寄る那智に、笑顔のまま眼鏡の奥にある灰色の目を細めて視線を移した。

「その場のテンションに任せてカメラを壊したのは誰ですか?」
「あたしだ!」

―――ゴッ。

びっくりした。
胸を張る那智に、縹さんは拳を固めると一切の躊躇なく那智の頭を殴った。
鈍い音を立てて頭を殴られた那智は、悲鳴も呻き声もなく地面に沈む。
オレが唖然として那智を見ていると、縹さんは那智には目も呉れずに大和にメモリーカードを渡していた。

「よく撮れています。けれど、いいんですか?これを出すと、もう後には戻れませんよ」
「戻ろうとは思わねぇよ」
「………貴方には似合わない方法です」

縹さんの言葉に大和が笑う。
微笑とも苦笑ともとれない不思議な笑み。

「理央が戻るなら、俺は何だってする。でも、それが出来ないなら方法なんか選んでられないだろ」

深い深い哀しみを湛えた瞳。涙が零れてないことが不思議でたまらない瞳だった。
オレは静かに茂みから頭を引く。

彼らの話は1mmだって、わかりはしない。
あんなに若くて……いや、歳なんか関係ない。
あんな風に人を平然と殺せる奴なんて、オレの常識から大きく外れている。頭がおかしいんじゃないかって思う。
けど、何故だか大和って少年の表情が胸に痛かった。


2009/10/29

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