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2009/10/02 掲載
2章 : 知らない世界 9
鼻唄でも歌いかねない笑顔で、機嫌よく皇座に座るレオンハルト。
皇帝の儀が近くなってから頬杖ばかりついていたのが嘘のような主の態度に、ルーファスは眼鏡を上げながら主に話し掛けた。

「嬉しそうですね、レオンハルト皇子」
「そりゃ、弟が無事に帰ってきたら嬉しいよ。俺はもう二度と会えないことも覚悟していたし」

物憂げに呟くレオンハルトは、すっかり素の口調に戻っている。素とは言っても、限られた人間の前にしか出さない素なのだが。
テオドシウスは攫われて、ディア・ガディアスの媒体にされかけたという。ミコトというイレギュラーな存在がなければ、それは間違いなく現実のものとなっていた。

「まさか異世界から来た子が丁度よくテオの元に現れるなんてね。彼女には悪いけど、この世界に来てくれてよかったよ」
「信じてるのですか。異世界から来たなどと言う話を」
「ん〜。突飛だなぁとは思うけど、嘘ではないんじゃない?聖神界(ラウディール)があるんだから、それ以外の世界があってもおかしくないだろ」

すでに世界が二つある世界。それが二つではなく三つだったと今更言われたところで多少の驚きはあるが、それを否定する気にはなれない。

「しかし、彼女がテオドシウス皇子を攫った者たちの仲間ではないとは言い切れませんよ」
「どうして?自分を助けるために命を懸けてくれたってテオが言ってたぞ」
「テオドシウス皇子を助けるところから演技だったとすればどうします?全ては彼女がノルマールに取り入るための虚構だと考えれば辻褄も合います」
「………その発想はなかったな。お前、小説書いたらどうだ?きっと売れっ子になれるぞ」
「あなたが私の手を煩わせることがなくなれば、副業でやらせていただきます」

ぱちぱちと気のない拍手をするレオンハルトに、ルーファスは恭しく礼をする。もちろん厭味だと分かっているので厭味で返すだけだ。

「だいたい、会ってすぐの人間のために命を懸ける者などいません」
「うわっ、出たよ人間否定発言。お前そんなんだから、三大老に嫌われてるんだよ」
「あなたのような二枚舌よりましです。何が陛下じゃなくてレオンと呼んでですか。猫被りも度が過ぎると、キモいですよ」
「ちょっと!皇帝代理にキモいって言ったよ、この人!!……でも、実際にミコトって素直で可愛いくない?『あたし、何でもします』だよ。貴族の馬鹿どもはともかく、市井にだってあんな純粋な子いないよ」
「お陰で演技と言う可能性が高まりましたが」
「お前、本気で歪んでるね。心に傷を追っているのなら、皇子に話してご覧」

にっこりと人の良さそうな笑顔。もちろん演技。
ちょっと抜けている、人の良さそうな青年を演じるならば、レオンハルトの右に出るものはいないだろう。
………いや、ちょっと抜けているのは演技ではなかったか。
ルーファスは眼鏡をあげると、淡々とした口調で訪ねた。

「素性の知れない者を、テオドシウス皇子の傍に置いてもよろしいのですか?」
「皇帝代理のお言葉を無視とかありえないんだけど。つーか、俺がテオの近くに危ないものを置くわけないだろ。もう手は打った。ルゥにミコトの護衛させるように頼んでおいたから」
「れおんはるとおうじ。てきざいてきしょというおことばをしっていますか?」
「おまえ、完っ全に俺のこと馬鹿にしてるよね。ルゥに監視が勤まるわけないのは俺だって分かってるわ。ルゥで油断を誘って、監視はマチェイ。………まぁ、あいつ自身はミコトを黒だと思ってるみたいだから手は抜かないだろ」

肘掛に肘をついて頬杖をつくレオンハルトの言葉に、ルーファスは僅かに眉を上げた。

「それは意外ですね。気に入っているように見えましたが」
「ミコトのことは気に入ってるらしいけど、なんか納得いかないんだって。なんかって何だよね」

レオンハルトに理由を言っていないと言うことは、マチェイ自身にもまだよく分っていない感覚的なものなのだろう。
けれど、彼の勘は鋭いので頼りになる。伊達にレオンハルトの信頼を預けられているわけではないのだ。

「そういえば、ディア・ガディアスいなかったね。俺、すごい楽しみにしてたのに」
「テオドシウス皇子とマチェイの話ですと、ぬいぐるみの中に召喚(リアース)されたそうですね」
「しかも、たぬきのぬいぐるみ。マチェイが腹抱えて笑ってた。そんな素敵なものが見れたなら、これからどんどん蓄積されるであろう憂鬱を吹き飛ばせると思っていたのに」
「その憂鬱の半分ですが、まだ言いたいことがあるようですよ。午後から三大老との会議がありますので」

表情を変えずに淡々と告げるルーファス。対照的にレオンハルトの顔が歪む。
深い溜息をついて、玉座の背もたれに背を預けた。

「何なの。また同じ問答を繰り返すの。しつこくない。これ、絶対にしつこくない?」
「あなたの母君が平民なのだから仕方ないでしょう」
「そうね、俺の生まれが悪いのよね………。だったら、従兄弟でも何でも皇帝に立てろっつーの」
「あなたがいる限りそれは無理なのはわかっているでしょう。典範が全ての国家ですから」
「っは。百年も前のジジイ共が考えたカビの生えた掟にいつまで縛られる気なんだか」

足を投げ出して舌打ちをする。
皇帝としては最悪の行儀だが、ルーファスの意見も全く同感なので注意はしない。
儀式や掟に縛られ、国家としての機能が遅れている国。
今までは先代皇帝が立てた戦功でもっていたが、先代皇帝が崩御した今となっては色々と問題が出てくる。
それなのに、内部が何も気付いていない。十年以上も前の偉勲に縋りつき、国の危機に気付いていない。

「まあ、兄上の威光があればそんな危機もなかったかもしれないけど」
「いない方のことをおっしゃっても仕方ないでしょう。それとも、アークライム皇子に皇位を譲りますか?」
「譲れるものなら即効で譲るし。今までにない晴れやかな笑顔で譲るんだけど」
「そんなキモいものは見たくないのですが。………そろそろ、エールションの使者がつく頃です」

レオンハルトの顔から笑みが消える。ふざけた空気までも一瞬にして変わった。

「…………エルーションか。マチェイの報告だとスティニアが絡んでるらしいな」
「そのようですね。……証拠は何一つ残さなかったので何も言えませんが。兵の死体すら残さずに撤退したようです」
「被害状況は?」
「負傷者が28名。死亡者は4名です。建築物への被害はさほどでもありません」

ルーファスの報告にレオンハルトは口元を引き結び、難しい顔で宙を睨む。
あの大戦が終わり、停戦条約を結んでから十三年。今までにスティニアと何度か小競り合いはあったが、聖霊(ノイル)召還(リアース)してまで街を襲ったのは今回が初めてだ。そもそも証拠が残っていない今となっては、スティニアなのか連邦国なのか判断はできないが、スティニアが裏で確実に糸を引いていることは間違いないが。

「こちらの警備はどれだけ省ける」
「………20人が限度です」
「少ない。50人回せ」
「それでは皇都の警備が手薄になります!皇帝の議は七日後ですよ。各国の要人たちも皇都に集まるのにそんなことは………」

珍しく声を荒げるルーファス。いくらノルマール国内といえど、この時期に辺境の地であるエリューションに警備を回すわけにはいかない。
各国の要人たちはもちろん、レオンハルトに暗殺の手が伸びる可能性だってあるのだ。

「あいつらは自分専用の護衛をつけてるだろ。俺も自分の身くらい自分で守れる。だいたいそんなことで殺されるような皇帝ならそこまでだってことだ」

がりがりと頭をかいて告げるレオンハルトに溜息をつく。
表面には出さないが、恐らく腸が煮えくり返っているのだろう。テオドシウスの誘拐に、エルーションの襲撃。すべてが後手後手に回っている。
だいたいテオドシウスの誘拐も本来ならばあり得ないことだ。大戦の武勲でのし上がったノルマールは、騎士の基準も各国に比べてかなり高い。その彼らですら誘拐を防げなかったのだ。何かもっと大きな思惑が裏で渦巻いているのかもしれない。
そんな時に皇都の警備を減らすのは不安が残るが、これ以上、民が犠牲になることをレオンハルトはよしとしないだろう。

「…………分かりました。その代わり、無様な死に方はしないでください」
「無様って……」

情けない顔で眉をハの字にするレオンハルトは本当に皇族かと疑いたくなるが、それでも確かに皇族の端くれではあるのだ。

「使者が到着する前に顔を引き締めてください」
「え?引き締まってないの、今の顔?」

レオンハルトがぺたぺたと顔に触れているうちに、ルーファスはさっさと自分の定位置に戻る。
そんな部下を胡乱な目で見つめ、だらしなく伸ばした足を引き寄せて身なりを整えた。
皇帝の儀まであと七日。厄介事が多くなるとは思っていたが、異世界の少女は予定外だった。
いや、あれは厄介事というよりは愉快な事か。
異世界から来た人間の存在は楽しめるだろうし、破壊と終焉を司るディア・ガデイアスがこの国にいるということも外交に使えるかもしれない。
面倒臭いと思っていた皇帝も少しは楽しめそうだ。もちろん、皇帝の座など惜しくないので譲れるものなら譲りたいが。

「………まっ。兄上が戻ってこられるのなら、ね」

呟いた声ははっきりとは聞こえなかったのか、ルーファスが怪訝そうに眉を寄せる。
レオンハルトはそれには答えず、笑顔を向けた。
ちょっと抜けている、人の良さそうな笑顔を。
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