「ほんっとーに重ね重ねごめん………」
「あはは……」
ベッドの上で布団に頭がつくほど深々と頭を下げるライラークに、疲れ果てた顔で謝るマチェイ。
対する尊はフリルたっぷりの淡い桃色のドレスに身を包み、引き攣った笑みを浮かべた。
落ちたスカートは修復のためセリーヌに預け、代わりに渡された服がこのゴテ甘々ドレス。髪の毛が短いということを横に置いても、似合っていないのは百も承知。
異世界に来て、ロリータ服を着ることになるとは思ってもみなかった。いや、ロリータファッションにしたって悪趣味だ。
だから、尊の悲鳴で目を覚ましたディア・ガディアスが先ほどの仕返しとばかりにベッドで笑い転げているのだって、今の尊に責めることは出来ないのだ。
「ミコト、似合ってるよ」
「ありがと……」
テオドシウスが優しく慰めてくれるが、心配そうにしている辺りお世辞なのは間違いない。
「ほら、ルゥも謝る!」
「……すまん……」
マチェイに頭を叩かれて、小さいところを更に小さくなって謝るルゥ。ライラークのこめかみぐりぐり攻撃がよほど利いたらしい。
「そんな謝らないで。悪気はないのは分かってるから。ルゥちゃんも気にしないで」
しゅんとしているルゥの頭を、尊はよしよしと撫でる。
それから、マチェイとライラークに顔を向け、にこやかに微笑みかけた。
「お二人も謝罪はもーいいよ。とりあえず、今すぐ脳内から先ほどの記憶を消し去ってくれれば十分だから」
もちろん、目はこれ以上なく
無言で頷く二人に安堵の息を吐き出し、尊は話題を変えようと先ほどからの疑問を尋ねることにした。
「で、誓いっていうのは?」
口状があったり、裾が重要だったりする『誓い』だが、何のことかさっぱりだ。
説明しようと口を開きかけたマチェイをルゥが押しのけ、尊の前に再び片膝をついた。
「
今度は間違えずに口状を述べると、尊のひらひらのドレスの裾を口元へ寄せて接吻けをした。
そして、すくっと立ち上がると八重歯を覗かせてにっこりと笑う。
「これが誓いだゾ!これでミコトはルゥの護主だ!!」
「護主?」
どうだとばかりに胸を張るルゥだが、もちろんのことながら何の説明にもなっていない。説明を求めてマチェイに視線を移すと、彼は心得ていたように笑みを向けた。
「誓いっていうのは、簡単に言っちゃえば『私が貴方を守ります』って言う騎士の約束みたいなものなんだ。ミコトちゃんがノルマールにいる間はルゥがミコトちゃん専属の護衛になるわけだから、形式としてやっておかなきゃいけないの」
「ええ!?ご、護衛って、そんな!!」
さらりと告げられた台詞に目を丸くする。
テオドシウスならまだしも小娘の自分に専属の護衛など、どう考えても分不相応だし、それに護衛をつけなければいけないような事態に異世界の小娘である尊が陥るとは思えない。
「そんな難しく考えないでいいよ。もうすぐ皇帝の儀があるし、坊ちゃんのこともあったから用心のために一応ね」
「いやいや!お気持ちは嬉しいけど、あたしなんかに貴重な人員を割くのは………」
「あのね、ミコトちゃん。陛下が君の滞在を許したってことは、君は陛下のお客さんになるわけ。その君にもしものことがあったら、陛下の名にも傷が付くの」
「あ………」
「だから、陛下のためにも、ルゥを傍に置いてやってくれないかな?」
マチェイの真剣な目を見て気付く。
護衛をつけるというのは確かに尊の為というのもあるかもしれない。けれど、決してそれだけではない背景があるのだ。
横目でテオドシウスを見つめると、彼は申し訳なさそうに俯いて目線を合わせない。テオドシウスのような幼い子にもわかっているのだ。これが、お願いではなく命令なのだということが。
「………お言葉に甘えさせてもらいます」
マチェイにぺこりと頭を下げてから、ルゥに向き直る。
どう見ても自分より年下の少女に尊の護衛が勤まるかは分からないが、マチェイがルゥを伴ってきたということは何か考えがあるのだろう。
それに彼女だって、
(いざとなれば、あたしがルゥちゃんを守ればいいか!)
拳を握り心の中で決心すると、尊は自分よりも頭一つ分は小さいルゥに頭を下げた。
「よろしくお願いします、ルゥちゃん」
「まかせとけ」
胸を張って、どんと力強く胸を叩くルゥ。
ルゥの可愛らしい仕草に、尊はくすりと小さな笑みを零す。
「でも、騎士って護衛もしなきゃいけないなんて大変なんだね」
もともと騎士というのがどんな仕事をするというのかは分からないが、それでも国を守ることが仕事なのだと思っていた。
尊の国で言えば、警察官や自衛隊のような役割。けれど、護衛……それこそ、SPのようなこともするのだとは思っていなかった。
「いや、
「おかげで誓いの口状を覚えなきゃいけなくなって迷惑だゾ……あだ」
「迷惑などと言うな」
ライラークにぱしりと頭を叩かれて、ルゥは頬を膨らませて『こーえーデス』と言い直す。
「まぁ、近衛騎士と言っても隊長が坊ちゃんの護衛してるだけだから、俺たちはそんなに関係がないんだけどね」
「ルゥも口状いったの、今日がはじめてだ」
護衛する対象が少ないのか、駆り出されたからまだ正式な近衛騎士としての制度がないからなのかは分からないが、近衛騎士としての仕事はテオドシウスに対してだけのようだ。
その中で護衛対象の二番手になってしまっていいのだろうかと苦悶するが、あちらから押し付けてきたのだから気にしないことにした。
「テオの近衛騎士をしてる隊長さんって今どこにいるの?挨拶とかした方がいいかな?」
首を傾げてテオドシウスに尋ねる。
テオドシウスはきょとんと目を丸くしてから、口元を押さえてくすくすと笑い出した。
「さっきから、ずっとそこにいるよ」
差された指の先を辿ると、そこには申し訳なさそうな表情でベッドに半身を起こしているライラークの姿。
「えぇ!ライさんが隊長さんなの!?」
「申し訳ありません。私のような未熟者が隊長などを名乗り………」
「そういうことじゃなくて……っ!マーチさんが副隊長って聞いたから、てっきり隊長さんはもっとお年を召した方かなーって」
「申し訳ありません。私のような若輩者が隊長などを名乗り………」
「だから、そういう意味じゃないってば!っていうか、マーチさんがライさんのこと呼び捨てにするからいけないんだ!!」
「えっ、俺ぇ!?」
「そうだよ!ライさんに謝って!!」
何を言っても謙遜……というかネガティブに物事を受け取るライラークに揚げ足を取られた尊は、全ての罪をマチェイに押し付けた。
だいたいマチェイが上司(レオン、ライ)を敬わないから、誰が上司なのかよく分からなくなるのだ。副隊長が隊長を呼び捨てにするなど――特に騎士など行儀作法に厳しそうなのにそれでいいのだろうか。
「なんかよく分かんないけどごめんね、ライ」
頭を掻きながら本当にライラークに謝っているマチェイを横目に、尊はライラークをじっと見つめる。
二十三歳と言う若さで一隊の隊長を任されているということは、かなり優秀のようだ。隊員に子供や年上の副隊長がいると言うことは押し付けられたのだろうかと少し疑ってしまうが、皇族の護衛に抜擢されたということはやはり卓越した能力があるのだろう。
「凄いね、エリートってやつかぁ」
「えりーと?」
何気なく呟いた言葉を聞きつけたテオドシウスが不思議そうに首を傾げる。
(あれ、通じてない?)
そう言えば、アイデンティティーなどの言葉も通じていなかった。けれど、ドレスやスカートは通じていたはずだ。
翻訳の基準がよく分からない。なんとも面倒臭いなあと鼻の頭を掻く。
「えーっと、優秀な人ってことかな」
「うん。ライは凄く優秀なんだよ」
とても嬉しそうに頷くテオドシウスを見ていると、なんだかこちらまで笑顔になってしまう。ライラークのことが好きなんだなあと思う。
テオドシウスと再会した時の感激振りも演技とは思えなかったので、二人は深い信頼関係で結ばれているのだろう。
「素敵な騎士様なんだね」
尊の言葉に満面の笑みで頷くテオドシウスの可愛らしさに、尊は腕を伸ばしてテオドシウスの頭を撫でる。本当に素直で愛らしい少年だ。
ふと視線を感じて振り返ると、ルゥがじぃっと尊を見つめている。しかも、ぎょっとするほど近くにいた。
何も言わずに尊を見上げる視線に羨ましさを感じた尊は、ルゥの頭に手を伸ばす。二、三度、帽子の上から頭を撫でると、
「えへへ」
ルゥは八重歯を覗かせてにんまりと笑顔を浮かばせた。
何だかやけに帽子が膨らんでいたが、あの帽子の中はきっと癖毛が仕舞われているのだろう。でなきゃ、あの中身が詰まった感触にはならない。
「おやまぁ、すっかりルゥに気に入られちゃ―――」
「ミコト様!」
ばんっと重たそうな鉄の扉が勢い良く開く。扉付近に居たマチェイが咄嗟に手を出さなければ、顔面打ちをしていただろうと言うほど唐突に開いた。
入ってきたのは、尊のスカートを修復していたはずのセリーヌである。
「お話中、失礼します。……あら、マチェイ様どうかしました?」
「………少し手が痺れただけ」
マチェイの返答に不思議そうに首を傾げてから、セリーヌは尊に笑顔を向けた。
「服は直しましたけど、あの服とても汚れているので洗うことにしました。ということで、ミコト様。しばらくその服で過ごしてもらってよろしいですか?」
セリーヌの申し出に尊の頬が引き攣る。
それは大変よろしくない。男に間違われるよりも、このフリフリドレスで歩き回る方が精神的に辛い。
「あのぅ、他の服ってないのかな?」
「その服はお気に召しませんか?」
眉尻を下げて尋ねるセリーヌに、流石に『うん、そう』とは頷けない。
尊は相手を傷つけないよう慎重に言葉を選ぶ。
「あの、あたし、ロリっ……裾の長い服は汚しちゃいそうだから苦手なんだ。出来れば、ふつっ……動きやすい服がいいかなぁって」
何度か出そうになる本音を隠しつつ、えへへと愛想笑いを浮かべてみる。
尊の心配は杞憂だったようで、セリーヌは朗らかに微笑んだ。気を悪くした様子はないようだ。
「ミコト様ってば、そういうことは早くおっしゃってください」
「あ、じゃあ、別の服を………」
「分かりました。ちょちょいと裾を短くしちゃいますので、じっとしててくださいね」
(どうしよう、何も分かってない!)
シスター服のポケットから巨大な布鋏を取り出すセリーヌに頭を抱えたくなる。
フリフリが短くなったところで、フリフリに変わりはない。
「き、切っちゃうのはもったないよ!」
「でも、ミコト様の言う動きやすい服ですと、飾り気も可愛さもない悪趣味で地味な服しかないんですよ」
「それでいいから!!」
「え〜」
不満そうに口をへの字にした後、セリーヌは渋々といった体で布鋏をしまう。そして、唇を尖らせながら地味な服を取りに行くために部屋を出ていった。悪趣味というのが気になるところだが、現在着ている服よりはましであることを願うしかない。
セリーヌを見送ってから、尊はベッドに座ってこちらを見つめるライラークにぺこりと頭を下げた。
「長々とお邪魔してごめんね。服を着替えたら、すぐにお暇するよ」
「邪魔などとそんな……」
「いえいえ、ゆっくり身体を休めてください」
恐縮しているライラークに首を振る。
いつまでも部屋にいると、ライラークも落ち着けないだろう。早くに退散するに越したことはない。
「で。あたしって、この後どうすればいいの?宮廷魔導師さん……に会えばいいのかな?」
心の中で一応は腰を据えたとは言え、できることなら早く家に帰りたい。というか、佐奈に会いたい。
そのためには、さっさとちゃっちゃと尊がこちらに来た原因を調べて、あちらの世界に帰れるようにして欲しい。
「ミコトちゃん………実はひじょーに言いにくいんだけど、もう少し待ってもらってもいい?」
「へっ?」
「皇帝の儀が終わるまで、この国ちょっとばかり忙しくてね。すでに宮廷魔導師さんは不眠不休で死にかけなのよ。ミコトちゃんのことまでちーっと手が回らないかな」
「な、なんと……」
「宮廷魔導師に会うのは、今は遠慮してね」
「……………っ!」
話が違うよ!?あたし、早く家に帰りたいのに!!
喉元まで出かけた言葉を呑み込む。
それは尊の我儘だ。尊に尊の事情があるように、彼らにも彼らの事情があるのだ。
身元も保証もない尊に考えられないほど優しい待遇をしてくれている。だから、これ以上の我儘はいえない。
ぎゅっと拳を握ってから小さく深呼吸をし、尊はにっこりと笑った。
「分かった。皇帝の儀が終わって、宮廷魔導師さんがぐっすり眠れてから会うことにするよ」
「ごめんね、ミコトちゃん」
「ううん。あたしこそ無茶言っちゃってごめんなさい。………あの、でも皇帝の儀まであたしは何をしていればいいのかな?」
皇帝の儀まで、確か七日あるはずだ。その間、尊は宮廷魔導師に会うことは出来ない。そうなると、七日間も何をしていればいいのだろうか。
レオンハルトは好きなだけ城に居ていいと言ったが、何もしないでぼんやりと日々を過ごすというのも申し訳ない。出来るならばお手伝いなどをして少しは役に立ちたい。きっとマチェイは何もしなくていいと言いそうだから、何か出来ることがないか聞いてみよう。
マチェイが何をいうのか待っていると、その口からは予想とは違う言葉が飛び出した。
「しばらく、ノルマールの観光しててもらっていい?」
「はい?」
聞き間違いではなければ『観光』と言った気がする。
尊が聞き返すより前に、テオドシウスが尊の腕に飛びついてきた。
「僕がミコトにノルマールを案内するよ」
「ええ?」
「観光ちゅーもルゥが護衛するゾ!」
「ええぇ?」
右腕にテオドシウス、左腕にルゥがぶら下がる。楽しそうな二人を見る限り、冗談ではないようだ。
尊は両腕に子供二人をぶら下げたままマチェイに詰め寄る。
「あの……マチェイさん。マジで言ってる?」
「うん、マジですよ」
「っていうか、皇子様のテオが皇帝の儀の前に、呑気に異世界人を観光案内していいの?」
「いいのよ。坊ちゃんは特にすることないからねー」
「そうなの。皇族で大変なの兄様だけだから」
「あらら、レオンさん可哀相に……」
レオンハルトがしばらく会えなくなるというのは、尊だけではなくテオドシウスに対してもだったらしい。
テオドシウスが暇だと言うことは分かったが、だからと言って誘拐されかけた身で観光などしていていいのだろうか。
眉を寄せて考え込んでいる尊の耳に、マチェイが顔を寄せる。
「皇帝の儀までの間、坊ちゃんのお守りをお願いしたいんだ。俺たちも忙しくなるから、常に坊っちゃんのお傍にはいれないのよ。それに、護衛はルゥ以外にもちゃんといるから安心してね」
腕にぶら下がっている二人には聞こえないように囁かれた言葉。
目を瞬いて見上げると、彼は悪戯っ子のように笑っている。尊が丸め込まれてしまう、あの笑顔だ。
「楽しんで行ってくるといいよ」
尊から離れると、今度は二人にも聞こえるように言った。
つまり、警備は万全。そして、観光と言う名の子守り……と言ってはテオドシウスに失礼になるので、お目付け役というところか。
ただ観光に行くだけなのは申し訳ないが、それがマチェイやライラークの手助けに慣れるのならば尊に文句などはない。
「それじゃ、おのぼりさん丸出しで観光を楽しみたいと思います!」
軍人のような敬礼をして、にしゃりと笑う。
せっかく異世界に来ることが出来たのだから、色々と見て回りたいと思うのは人の性だ。どうせすぐには帰れないのだから、遊びに意識を傾けてしまった方が楽になる。
………少なくとも、物珍しいものに囲まれている間は佐奈のことを考えずに済むだろう。
『色んなところに行こうね』と、はしゃぐテオドシウス。ルゥと二人でぴょんぴょんと飛び回っている。
この可愛らしい生き物たちは何だろう。抱き締めろという合図だろうかと胸をキュンキュンさせていると、不気味な音を立てて扉が開いた。
ホラーには付き物の効果音に怯えながら振り返ると、酷く暗い顔をしたセリーヌが入ってきた。手には布を持っている。
「………替えの服をお持ちしました」
セリーヌは精気の抜けた声でぼそぼそと喋り、尊に服を差し出す。
あまりのテンションの違いに戸惑いながらも礼を言って受け取ろうとするが、何故か手を離してくれない。引っ張り合って先ほどの二の舞になるのも嫌なので、困りながらセリーヌを見上げると彼女は泣きそうな顔で服から手を離した。
どんだけ悪趣味な服なのかと恐れつつ広げると、それは無地の白い上着と黒いズボンだった。まったく普通だ。
「柄もなく刺繍もなくレースもない服をミコト様に着せることになるなんて……。裾の短いものも作っておくべきでした!!」
血の滲みそうなほど悔しそうに唇を噛み締めるセリーヌに、この人の私服は常にあれ(ロココ調)なのだろうかと疑問に思った。
と言うことは、現在着ている無地で地味なシスターのような服はセリーヌにとっては耐えがたいのだろうか?
少し興味が沸いたが、尋ねてしまえば怒涛の勢いで語られそうな気がしたので止めておいた。
「ありがとう、セリーヌさん。じゃ、着替えてきまーす」
尊は手に渡された服を持って、先ほど着替えをした部屋に向かう。
着替えを手伝うために、ぶつぶつと呪詛のように何かを呟くセリーヌが尊の後に続いた。