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2009/06/12 掲載
2章 : 知らない世界 2
「………あ、あは……あはははは……………」

へたへたと地面に座り込み、引き攣る口の端を無理やり上げて尊はとりあえず笑ってみた。
というか、笑って誤魔化すしかなかった。下手をすると、彼女は大量殺人者である。
人間を相手に躊躇なく真剣を振り下ろしてくる兵士の異常さにもびっくりしたが、尊もそれに負けていない。いや、むしろ勝っってしまった。
人を殺したかもしれないという恐怖のために腰が抜けて立てない。しかし、ここでヘたり込んでる訳にもいかない。
床に膝をつけたまま四つん這い姿勢で前へと進むと、そうっと階段の下を覗き込んだ。
階段の下には呻き声を上げて、痙攣している兵士たちの姿。それほど長い階段ではないし、相手も鎧をつけていたので命に別状はなかったようだ。

「よかったよぉ……」

『殺人者』になることは辛うじて免れた。………大量殺人未遂という罪状は消えなさそうだが。
立ち上がって安堵の息をつく尊だが、すぐにその身体は凍り付いた。
相手は不法侵入しただけで人を殺そうとするような人たちだ。こんな反撃に出てしまっては、五体満足で家に帰れないのではないか。こんなことを仕出かした尊が、正当防衛だと訴えても果たして許してくれるかどうか。
唾を飲み込んだ尊の喉がごくりと動く。

「……逃げるが勝ちっ!!」

木刀を手にしたまま素早く踵を返した。
三十六計、逃げるに如かず。基本的に尻尾を巻いて逃げるというのは嫌いだが、時には逃げることだって必要だ。相手がいきなり刃物を出してくるコスプレ集団の時は特に。
前も見ないまま走り出した尊は、何かに腿をぶつけて勢い良く転んだ。

「きゃあ!!」

身体を支える暇もなかったので、思い切り顔から床に倒れこんだ。地面に激突する前に顔を庇うが、生温い液体が頭から降り注いでぐっしょりと髪が濡れる。
身体を起こしながら水気を振り切るように頭を振る。

「は………?」

頭から頬へと伝い、顎の先から床に落ちる雫。その赤い液体。そして、鼻につく鉄錆の臭い。
尊の知らないものではない。いや、よく知っている。
それは血………だった。

「な、なにこれぇっ!?」

顔からぼたぼたと滴り落ちる、粘液質な赤い液体。
口を開けた拍子に、口の中にまで鉄臭い味が滑り込んできた。間違えようがない。これは、血だ。
青褪めながら出血部分を探そうとして、液体が降り注いだことを思い出す。
あれが血と思われるこの液体だったのかもしれない。だいたい頭はぎりぎりで庇ったので怪我などしていないはずだ。
頭から血を零しつつも冷静になって辺りを見渡した。
尊の横に転がっているのは白い布が掛けられた長机。どうやら、先程はこれに蹴躓いたらしい。
所々が赤く染まった布から視線を外し、よくよく辺りを見回す。机の後ろには大きな水盆。そして、机を囲うように飾られた無数の蝋燭。

「ひゃっ!?」

尊が飛び退いたのは血が浸されていたと思われる銀の杯を見つけたからではない。その隣に転がる首のない鶏と山羊の死骸を見つけたからだ。

「なに、なんなの!?悪魔の召喚儀式ですか!?」

とんでもないところに連れてこられた。現実離れした光景に泣きたくなりながら叫んだ尊は漸く異変に気付いた。

「あれ……本物………!?」

目を丸くする尊の前には、仰向けに倒れた金髪の少年の姿。石畳に描かれた奇妙な円形模様の中央に寝かされている。
胸の上で指を組んでいる姿に、両親の遺体を思い出して戦慄が走った。

「ちょ、ちょっと、キミ!ねぇ、キミ!!生きてるの!?」

取り乱した声で呼び掛けながら少年に駆け寄ると、石畳に膝をついて少年を揺り動かす。

「貴様!媒体に触るなっ!!」

下で布の男が何かを言っているが、尊は完全無視を決め込んだ。
尊の中では、この場の登場人物はみんな敵だと決定しているのだ。いきなり剣を振り回す兵士の親玉なんて、悪党以外の何者でもない。
そんな奴の指図を誰が好き好んで受けるというのだ。

「……ん…んん………」

小さな呻き声。ぴくりと少年の身体が動き、ゆっくりと瞼が上がる。
尊の必死の呼び掛けが実ったようだ。

「良かったぁ………」

少年が生きていたという事実に、安堵のあまり尊の膝が崩れ落ちる。ヘたりと床に座り込んだ。
この異常な場所では、少年が死んでいたっておかしくはなかった。
半身を起こして目を擦る少年に眼を移す。
可愛らしい少年だった。十二、三歳だろうか。幼いが、目鼻立ちの整った綺麗な顔をしている。金色の髪にブルーの瞳を見ると、外国人のようだ。 更に少年は日本では見られない、不可思議な衣装を着ていた。幅広のゆったりと仕立てられた服は足下まで覆っている。手が隠れてしまうほど長い袖は、かなり袖口の広い。色が白だということを除けば、牧師が着ている服に似ていなくもない。
まあ、この場の人物は誰一人として、現代の衣服など着ていないが。

(ってことは、この子はキリスト教徒の欧米人?)

考え込んでいた尊は、視線に気付いて顔を上げる。深いブルーの瞳が尊を見つめていた。
無垢な赤子を思わせる瞳に思わず固まる。心の中までを見透かされてしまいそうな透明な瞳。こんな澄んだ瞳は初めて見たかもしれない。

「おかあさま………?」
「えっ」

少年の口から零れたのは、紛れもない流暢な日本語。これは予想外の展開だった。
しかし、尊を見つめて『お母様』とは寝ぼけているらしい。ついつい笑みが零れ落ちる。

「あたしはお母さんじゃなくて、峰岸尊だよ。あ、尊が名前ね」
「………ミコト?」
「うん、そう。キミはなんて名前?どこも怪我とかしてない?」
「ミコトの方が怪我をしてるよ」

少年が心配そうな顔で尊を見上げる。
なんのこっちゃと思ったが、先ほど頭から血を被ったことを思い出した。恐らくは血を流している尊を見て、怪我をしているのだと勘違いしたのだろう。

「これは怪我じゃないから大丈夫。それよりキミは―――」

長年の経験で培われた勘とでも言おうか。
それは、刹那のことだった。背筋が凍るような殺気を察知して、尊は本能的に上体を倒した。
風を斬る音が耳に届き、数秒遅れてはらはらと舞い落ちるもの。見慣れた栗色の糸は尊の髪で間違いない。

「ほう………よく避けたな」

背後から聞こえたハスキーボイスに、尊は油の切れた機械のようにぎこちない動作で振り返る。
尊の目に映ったのは、剣を抜いてこちらを見下ろす仮面の男。表情のない漆黒の仮面は尊の目に異様としか映らない。

(っていうか、今のは第六感的な何かで避けなきゃ確実に首と胴が盛大なお別れパーティーをしてたんですけど!?)

真っ青になって顔を引き攣らせている尊を構うことなく、布男が仮面男に向かって叫ぶ。

「クライヴ!早く娘を始末しろ!!」
「………了解」

布男には明らかに聞こえない声でぼそりと呟き、クライヴと呼ばれた男は剣を構える。
尊は気を失いそうになった。………出来るものなら気を失いたかった。
何をどう考えたっておかしい。なんでこんな簡単に人を殺そうとするのだろうか?
コスプレしていることも含めて絶対に一般人ではない。
ヤクザだ、マフィアだ、政治家だ!!

「ちょ、ちょっと待ってくださいぃっ!」

勢い良く立ち上がって、近寄ってくるクライヴに向かって悲鳴のような抗議をした。
クライヴは剣を鞘に戻しはしなかったが、剣を降ろす。先程の兵士よりは話が通じるようだ。
尊からしてみれば、これこそが当然の反応なのだが。

「わ、悪気はなかったんです!気付くとこんなところにいて……出てけって言うならすぐ――今すぐに出て行きますっ。だから、助けてください!!」

仮面から覗く男の目を真摯に見つめた。
壇上から見下ろしていた時は普通に見えた背丈が、対峙するとかなり高いことが分かる。尊の身長が161cmなので、男は180cmを確実に超えていると見ていいだろう。
言い知れぬ威圧感に泣きそうになるが、歯を食いしばって堪える。身も蓋もなく泣き叫んでしまえば、押し潰されそうな緊張感も和らぐだろう。けれど、命の危機と言えども知らない人の前で泣くのは恥ずかしい。ちっぽけだが、それが尊の矜持だ。

「さっさと行け」
「へっ?」

あっさりと身を引いて道を譲ったクライヴに、拍子抜けした尊は目を丸くする。

(えっと、今のって……『逝け』じゃないよね?)

驚いているのは尊だけではなかった。

「クライヴっ!」

下から布男がクライヴに向かって怒鳴る。

「貴様、何を勝手なことして―――」
「小娘一人を逃がしたところでどうにもならないだろう。正直、俺も面倒だ」
「きっさまぁぁぁっ!!」

面倒という台詞に切れたのか、布男が血管がブチ切れそうな声を上げているが、クライヴは布男に視線を移すことすらなかった。
自分の生命を『面倒』の一言で助けられたことが多少は納得がいかなかったが、生きて帰れるのならば文句などある筈もない。

「失礼しまーす……」

尊は少年の小さな手を取ると、相手を刺激しないように小さな声で囁きながらクライヴの横を擦り抜けようとする。

「待て」

引き止められて、びくっと肩を揺らしながら足を止めた。
気が変わったなどと言われたら、どうすればいいのだろう。
恐る恐る振り返る尊に、クライヴは予想外のことを告げる。

「その子供は置いていけ」
「えっ?」

子供と言われ、横に立つ少年の顔を覗き込む。
少年は手を繋いだだまま、尊の顔を不思議そうに見上げた。

「この子をどうするつもりなんですか……?」
「お前が知る必要はない」

クライヴの答えに尊は眉を寄せた。

(この人たち、コスプレ集団じゃない。オカルト集団だ!!)

落ち着いて整理してみると、少年が横たわっていた模様は魔方陣と言う奴だ。先ほどの首なし鶏と山羊から連想すると、少年は生贄というヤツなのかもしれない。
こんな危険な場所に少年を置いていく?
そんなこと出来るはずがない。何をするかなど聞かなくても、少年が危険な目に遭うのは見えている。
しかし、ここにいれば尊は確実に殺されるだろう。彼らに躊躇いなどはない。
少年がどうなろうと、尊は逃げるしか―――。

唇を噛み締めて瞼を閉じる。
葛藤したのは、ほんの数秒。答えは最初から決まっていた。それでも、恐怖を振り払うために必要だった。

「………うん、そうだね」

目を開けた尊は、自分の耳にだけ届く声で独り言を零すと、少年と繋いでいた手から力を抜いた。
少年の小さな手は、尊の手に縋りつくこともなくスルリと解ける。
相変わらず表情の読めない仮面で尊を見下ろしていたクライヴが肩を竦めた。それが、呆れだったのか、侮蔑だったのか……尊に確かめる術はなかった。

「行くぞ」

クライヴの小手をつけた手が少年へと伸びるが、少年は逃げる素振りも抵抗する素振りも見せない。
その手が少年の肩を掴む前に、尊は両手を広げて立ちはだかった。
少年を守るために。

「逃げるの………止め、ます」

声が震える。手も震える。見下ろすクライヴの視線が痛い。
こんなことをすれば間違なく殺される。そんなことは誰に指摘されるまでもなく分かっていた。
今、尊が生きているのは全てただのラッキーだ。
兵士の剣を避けなければ死んでいたし、木刀がなければ殺されていたし、クライヴの殺気に気付かなければ生きていなかった。この空間には、背中合わせに『死』があった。
勝算なんかない。助かる見込みなんかない。

それでも。
怖くても、逃げ出したくても、少年を見捨てることは出来なかった。

「助けられると思うのか」
「………やってみなくちゃ、分からないから」

足元に転がっていた木刀を拾う。
縋るように、指が白くなるほど柄を握り締めた。

「考え直すことだな。このことを忘れて子供を置いていくならば、生きて帰してやる」

告げられた言葉に尊は唇を噛んだ。
その言葉は侮辱以外の何物でもない。

「あたしはっ………人を見捨てて生き延びるような、そんな人間には育てられてない!」

父母と姉の顔を思い浮かべながら、尊は木刀を握り直した。
怖かった。逃げ出したかった。
だけど、死の恐怖よりも。
子供を見捨てて自分だけ生き延びる。そんなことをして、優しくて正義感の強かった両親に軽蔑されることの方が何倍も怖い。
いつか両親に逢う時、胸を張って逢えないのは嫌だ。

「後悔するぞ」
「しないよ。後悔は嫌いだから」

恐怖はあったが、尊の瞳に迷いはない。
訳の分からない状態で、未だに状況が把握出来ていない。それでも、自分がしなければいけないことぐらいは分かっていた。
自分より弱い者は何があったって守る。
それが両親と姉に教えられたことだ。両親が尊に遺してくれたものだ。

「ミコト……」

少年の小さな手が尊の服の裾を掴む。
どうすればいいのか分からない、不安そうな顔。迷子になっていた俊太郎の顔と同じだった。

「大丈夫。絶対にあたしが守るから」

尊の顔に自然と笑顔が浮かぶ。
そっと少年の背中を押して後ろに下がらせると、木刀を下段に構えた。
背中を嫌な汗が伝う。危険信号が点滅している。こんな緊張感は試合の時だって感じたことがない。
剣すら合わせていないが、尊には嫌と言うほど分かっていた。

レベルの桁が違いすぎる。

尊とて伊達に全国区の腕を持っているわけではない。立ち会えば、相手の力量など一目で分かる。
今の尊では、恐らく背後から襲いかかったとしても勝てないだろう。それでも、少年を守るために負けられなかった。

「胴っ!!」

先手必勝だ。
木刀を袈裟斬りの逆の要領で、左脇から右肩を狙って斜めに振り上げる。
クライヴは一歩後ろに下がると、尊の先手をあっさりと子供の太刀を避けるが如くで避けてしまった。とんでもない反射神経と恐ろしい格闘センスの持ち主だ。
尊の木刀が振り上がったのを見て、クライヴが剣を水平に薙ぎ払う。
「くっ!」

尊は上半身を逸らしながら地面を蹴って後ろに飛ぶ。着地など考えない。避けることだけに全てを賭けた。
制服のリボンを僅かに裂いて剣が通り抜ける。

「あだっ!」

石畳にぶつけた頭を涙目で押さえる。
ダメージは受けたが、だからこそ避けられた。着地を前提に避けていれば、裂けていたのはリボンではなく身体だった。

「筋はいい。だが、実戦は初めてのようだな」
「……殺し合いって意味でなら……」

剣を引いて尋ねるクライヴに、頭の痛みを堪え立ち上がって答える。
額に浮いた冷汗がこめかみから顎へと伝う。
触れれば切れる本物の剣に、逆立ちしても勝ち目のない相手。けれど、少年を守るためにも退くことは出来ない。

「面白い……」

クライヴが身を屈める。怪訝そうに見つめる尊に、クライヴは兵士が落とした剣を拾って放った。
素人だと受け取れずにざっくりと斬れてしまいそうだが、尊は器用に柄の部分をキャッチした。

「あの、これ………?」
「その武器では相手にならん」

事もなく告げるクライヴ。それに驚いたのは尊だけではない。

「クライヴ!何を考えている!?」

敵に武器を贈るなどと言うクライヴに、上司(多分)である布男が怒鳴り散らす。
けれど、クライヴは戸惑った様子もなくきっぱりと言った。

「敵の排除が俺の仕事だが、方法は俺の勝手だ」

悪気もなさそうなところを見ると、布男と仮面男は地位的には同等なのかもしれない。
あまりに真正直な態度に怯んだのか、布男はそれ以上何かを言ってこなかった。

(この人、楽しんでる………)

呆れてしまいながら、剣の重さを確かめる。
少し迷ったが、剣を使うことにした。
本当は人殺しの道具なんか使いたくなかったが、木刀では切れるか折れるかの末路を歩むのは間違いない。
相手は鎧を着ているので、刃が当たっても怪我すらしないだろう。負けるわけにはいかないのだから、チャンスを逃すわけにはいかない。

獲物を構え、摺足でじりじりと間合いを計る二人。
尊の武器が木刀ならばクライヴはとっくに尊の間合いに入っているのだが、鋼で出来た重い剣では尊の間合いは狭まる。
だいたい、自分自身ですら自分の精確な間合いが計れないのだ。こうなれば、クライヴに先手を取らせるしかない。
尊は剣の柄を握ると、無遠慮にクライヴの間合いに飛び込んだ。
クライヴが動く。尊を両断する勢いで剣を振り下ろした。
瞬き一つしないで、尊は振り下ろされる剣を見つめる。
初太刀を受け止めさえすれば、必ず相手に隙が生まれるはずだ。避けることに集中しながら自分の剣を頭上に持っていく。
振り下ろされた剣をそのまま捌くため、斜めに受け止める。

(重いっ……!?)

竹の刀を受け止めるのとは遥かに違う重み。
肩が軋むような重みを尊の力では受け止めることが出来なかった。そのまま剣を弾くはずが、弾き飛ばされたのは尊だった。

「きゃあっ!」

転がっていた長机に身体を叩きつけられる。
背中の痛みに奥歯を噛み締めた。
けれど、耐えられる痛みだ。伊達に地獄のぶつかり稽古で最後まで残っていたわけではない。
立ち上がろうと石畳に手をつき、手が痺れていることに気付く。剣を受け止めた衝撃に麻痺していた。

(なんでっ!?)

六歳のころから毎日のように稽古をしてきた。道場でも学校でも毎日、寝食を後回しにしても稽古を優先した。
それなのに、この差は何だろう。

(なんでよ!!)

痺れた手を握ると力任せに石畳に叩きつけると、感覚が戻った。
床に手をついたまま唇を噛んでクライヴを見上げる。
万が一にも勝てない。実力の差は歴然だ。このまま戦ったところで、尊に出来ることは何もない。少年を守ることも出来ずに殺されるだけだ。
それならば………。
尊は石畳に転がった剣に手を伸ばすと、それを手に素早く立ち上がる。
そして、

「でぇーいっ!!」

柄を両手で持ち、ハンマー投げよろしく回転するとクライヴ目掛けて放り投げた。

「―――っ!?」

突然の尊の行動に驚いただろうに、クライヴは投げられた剣を綺麗に弾く。
けれど、尊は僅かに出来たその隙を逃さない。勢い良く両手を突き出して飛び掛かる。
体勢が整っていなかったクライヴは尊の攻撃に驚くほど簡単に倒れた。

「キミ、早く逃げて!」

クライヴに組み付いて尊は背後にいる少年に叫んだ。
ぐいぐいと鎧の胸を押しながら少年を振り返る。少年は目を丸くしてこちらを見つめたまま動くことはない。

「早く――」

焦れる尊の首筋に冷たいものが触れる。ハッとして振り払おうとした時には遅かった。

「ぐぅっ」

クライヴの籠手のついた手が首を締める。苦しさに甲冑のついた腕を叩くが、締める力が弱まることはない。大きな手は片手だけでも尊の喉を圧迫し、身体からは力が抜ける。
クライヴは半身を起こすと、尊をものともしない動きで立ち上がった。

「興醒めだな」

冷たい声でそう言うと、尊の首から手を離す。

「うえっ……げほげほっ!」

吐き気を覚えながら咳き込む尊を、再びクライヴが背後から首に腕を掛ける。
今度は締め上げるというよりは引き寄せることが目的だったようで、尊は背中に冷たい鎧の感触を感じながら身を震わせた。
この手がいつ首をへし折るか分からないのだ。
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