「…………っ」
「薄情者ではないが卑怯者か?」
「違うっ!」
嘲る声に恐怖も忘れて尊は即座に反論する。
けれど、すぐに唇を噛んで俯いた。
(クライヴさんの言う通りだ……っ)
彼は確かに悪人かもしれないが、敵である尊に剣を渡した。
正々堂々と戦っている相手に、尊は剣を投げつけた。自分の行動が卑怯ではなかったと否定することは出来なかった。
「違わない……。あたしは卑怯な手段を使ったから」
静かな声でクライヴの言葉を肯定した。
どんな言い訳をしようとそれは覆せない。卑怯だということは誰よりも……尊自身が分かっていた。
「そこまでして逃がしたかったか」
「……そうです」
「浅ましいな」
「……はい」
「開き直るか。お前には誇りがないようだな」
クライヴに鼻で笑われたが、怒りは湧いてこなかった。その言葉に何一つとして間違いを見つけることが出来なかったから。
浅ましく卑怯で誇りがない。
そうだ。その通りだ。そして、その通りでなければ尊には少年を守ることなど出来なかった。そこまでの強さがなかった。
「………浅ましくたっていい。それで、あの子が救えるなら」
ぎゅうっと拳を握り締める。
自分が自分であるために誇りは大切だ。プライドがなければ人は『自分』を保てない。けれど、今はそれよりも大切なものがあった。
「誇りなんかであの子は救えない。そんなものに意味なんかない。あたしが弱いからあの子を守れないのに、そんなものを守ってどうするの?あたしはあたしに出来ることを全てするだけだよ」
「………………」
「守れる術があるのに、あたしの誇りのためにそれを放棄するの?そんなのはあたしの矜持の問題であの子には関係ないのに?だったら、誇りなんかいらない!浅ましくたって卑怯だっていい!あの子を守れる方法を選ぶ!!」
『卑怯』なんて大嫌いな言葉だ。そんな真似をしてまで勝負に勝ちたいなどと思ったことはない。
自分一人ならば、勝ちが見えなくても正々堂々と戦っただろう。でも、少年の命が懸かっているのに正々堂々なんて言っていられなかった。
どんな卑怯なことをしたって少年は守る。喩えそれが、自分の信念やプライドを失うことになったとしても。
…………尊には全てを守るだけの力がないから。
「逢ったばかりの子供を守るために、自分の誇りを捨てるか」
クライヴの腕が尊の首から離れる。解放されたのかと思ったが、それは違った。
籠手のついた腕が尊の腰を絡めとる。
違和感を覚えた時には遅い。クライヴは尊を軽々と小脇に抱え上げてしまった。
何事かとクライヴを見上げようと仰け反らせた尊の首に、短剣が突き付けられた。
「え?」
「テオドシウス・リーベ・ノルマール。陣の中に入れ。でなければ、この女を殺す」
「ええぇっ!?」
「動くと斬れるぞ」
「いえ、あの、その………もしかして、あたしが人質ですか?」
「そういうことだ」
予想外の展開にがくりと首を垂れる………垂れたかったが、短剣に突き刺さってしまいそうなのでやめておいた。
テオドシウス・リーベ・ノルマールと、やたらと長いのが少年の名前らしい。
尊は戸惑いながら、テオドシウスに視線を移す。テオドシウスも尊を見ていたため、ブルーの瞳と視線がかち合った。
「いいよ」
テオドシウスが笑う。子供と言う生き物が大好きな尊が、胸をときめかせてしまうほどに愛らしい微笑み。
言葉の意味がすぐには分からずに、尊は目を瞬いた。
テオドシウスは微笑んだまま、魔方陣へ歩みを進める。
「ちゃんとミコトを助けてね」
「来ちゃダメっ………!」
クライヴの手から逃れようと暴れる尊に、テオドシウスは不意に表情を変えた。
「ミコト、僕を助けてくれようとしてありがとう。でも、僕のためにミコトが傷つく必要はないよ」
哀しそうな、今にも泣いてしまいそうな顔。泣くことを我慢することを知っている子供の顔だった。
その表情を見た瞬間、尊の頭に炎が灯った。
それは間違いなく、初めてこの場で感じた怒り。襲われても殺されそうになっても恐怖は沸いても怒りはなかった。けれど、これは……これだけは許せない。
尊は息を止めると、左手で短剣の刃を思い切り掴んだ。
ぼたぼたと滴り落ちる鮮血。手の平に走る痛みに耐えて短剣の刃先を首から逸らすと、クライヴの短剣を握る指に噛み付いた。
「っ!?」
噛み付かれた痛みにか、突発的な行動に怯んだのか、クライヴの手から短剣が離れる。
それは、完璧な彼に出来た僅かな隙だ。その隙を逃すわけにはいかない。
短剣を握り締めたまま身を捩ってクライヴの腕から逃げ出すと、テオドシウスの元へ走った。自分の血が滴る短剣を投げ捨て、彼を庇うように自分に引き寄せる。
そして、強い意志を込めてクライヴを睨み付けた。
「こんなのおかしい……。こんなの間違ってる!!」
腕の中のテオドシウスをぎゅうっと抱き締める。
「子供に自己犠牲を強いるなんて最低だ!子供っていうのは守るべき対象なんだよ?クライヴさん、すごく強いのに。強い人こそ、弱い人を助けなきゃいけないのに……。何のための強さなの!?クライヴさんはいったい何をしてるのっ!?」
恐怖も忘れて叫んだ。
強さとは人を守るためにあるのだと尊は信じている。決して人を傷付けるためのものではない。
だから、許せなかった。
尊が足元にも及ばない強さを持つクライヴが、テオドシウスを傷付けようとしていることが。彼には尊が逆立ちしたって追い着けない強さがあるのに。
クライヴは魔方陣の上に転がる短剣を拾うこともせずに、静かに尊を見つめている。漆黒の仮面は表情が見えず、何も感情が読み取れない。
否定も肯定も言い訳すらしないクライヴに焦れて、尊は口を開きかける。
しかし、直後に聞こえた変な音に眉を寄せて辺りを見回した。まるで虫の羽音ような不愉快な音が何処からか聞こえてくる。
「っ!?もう、間に合わない……。クライヴ、そこからどけ!!」
下から聞こえてくる布男の警告。
『そこ』とはいったい何処のことなのか。
「え?え?」
「魔方陣から離れろ!!」
事態が呑み込めずに立ち尽くす尊の腕を、クライヴが力強く引いた。たたらを踏んで、抱き締めていたテオドシウスごとクライヴに引き寄せられる。
腕を掴まれたまま視線を足下へ落とすと、さっきまでは墨かペンキで書いてあったはずの魔方陣が青白く光っていた。
目を丸くしている間にも光は上へと伸びていき、尊の背どころかクライヴの上背すら越してしまった。
「な、何これ!?」
電飾では出ないだろう光の色に目を瞠る。
「安心しろ。媒体がなければ、ディア・ガディアスはこちらに存在し続けることが出来ない。………お前のせいで儀式は失敗だ」
言葉の意味は半分以上も尊には通じなかったが、とりあえず彼らの悪巧みが失敗したことは分かった。
その割にはクライヴが嬉しそうに思えたが。表情は仮面で分からないのだが、声が残念がっているようには聞こえないのだ。
尊はクライヴに腕を掴まれたまま、眉を寄せてクライヴを見上げた。
どうも、彼のことがよく分からない。さっきまでは尊を殺そうとしていたし、テオドシウスを利用しようとしていた。
それなのに、今は。
(……助けてくれたんだよね?)
魔方陣の端を踏んでいた尊。あのまま魔方陣の上に立っていたら危なかったことぐらい分かる。
悪い人なのか、良い人なのか。いや、恐らくは悪い人なのだろうけれど。
「あ、りがとございます………」
助けてもらったことは確かなので、尊は小さな声でぎこちなくクライブに礼を言った。
今までされてきたことを思えば言う必要など全くないとは思うのだが、性格上どうしても無視することが出来なかった。
クライブの腕を掴む力が弱まり、こちらをまじまじと観察している雰囲気が伝わる。急に恥ずかしくなって耳を赤くした尊は、視線を逸らして魔方陣を見つめた。
そこに信じられないものを見つけて、唖然として口を開ける。
「ポン太ぁっ!?」
目をこれ以上ない程に見開いて、尊は奇声に近い悲鳴をあげた。
尊の目に映ったのは光の隙間から覗いている一つの見慣れたもの。魔方陣の隅に転がっている、タヌキのぬいぐるみ………ポン太の姿だった。
両目とも裸眼で2,5と、テレビ漬け現代人とはかけ離れた視力をしているのだから見間違うはずがない。
「な、何でポン太が!?」
そういえば、竹刀袋も落ちていたし、学校鞄も落ちていた。事故にあったときに持っていたものがあるということは、この場にポン太がいても不思議なことではなかった。
何度も魔法陣を見ていたと言うのに、混乱と焦りで視界に入ってこなかったようだ。
「ポン太っ!!」
「おい!」
クライヴの手を振りほどき、テオドシウスの肩から手を離して、尊は魔方陣の中へと飛び込む。
躊躇なんて一切なかった。人はたかがぬいぐるみと思うかもしれないが、尊にとってはただのぬいぐるみではない。家族の一員である『ポン太』なのだ。
魔方陣の中へと一歩足を踏み入れた途端、周囲の空気が変わる。暑いような寒いような………息苦しい感覚。
奇妙な圧迫感を振り切って前に進もうとすると、急激に光の輝きが増してきた。
「ポン太、どこ!?」
目も開けられないほどの光が辺りを眩く染め上げ、魔方陣の中に入った状態で動きを止める。
一拍後、凄まじい衝撃が尊を襲った。
「―――ぐぅっ!!」
何か見えない力に弾き飛ばされ、尊は魔方陣から転がり出された。
内臓が全部ひっくり返って、脳を泡立て器で掻き回されているような気色悪い感覚。あまりの激しい眩暈に立つことが出来ない。
「ミコト、大丈夫!?」
頭を押さえる尊の傍に駆け寄ってきたテオドシウスが心配そうに尊の顔を覗き込む。
いつの間にか魔方陣の光は収まっている。さっきまでの光が嘘のように、薄暗い室内へと戻っていた。
「……あたしは大丈夫。ポン太は………?」
魔方陣の中央へと視線を移すと、そこは濃い闇色の煙が立ち込めていた。
明らかに不自然な煙。尊は石畳に座り込んだまま少年の手を握る。事態が呑み込めないながらも、良くないことが起こっているということは分かった。
横目でクライヴを見ると、彼もただ事ではないと思っているようだ。剣の柄に手を掛けている。
「
煙の中から、男の声が聞こえた。クライヴの掠れたハスキーボイスでもなく、布男のやや高めな声でもない第三者の声。
さっきまでは人なんかいなかったと言うのに、いつ登場したのか。
尊は顔を引き締めると、声の発信源である煙を睨み付ける。
「我が名は、ディア・ガディアス。我を呼び出しだしたのは誰だ」
徐々に煙が薄れていき、ディア・ガディアスとやらのシルエットが明らかになっていく。
尊の目にはっきりと映るその姿は………。
「え?」
これ以上ないくらいに目を見開いた。
そのシルエットが、あまりにも尊に馴染み深いものだったからだ。
「我の身体を用意した暁に汝の願いを………って、おい!なんだよ、コレ!?」
いきなり、ディア・ガディアスのガラが悪くなった。けれど、誰もそんな些細なことには気付かない。
それよりも重大な出来事があった。
煙が晴れた後の魔方陣の中央に立つ、ディア・ガディアス。
彼の姿は………見間違うはずもない。
二本足で立つポン太だったのだ。
全員が見事なまでに凍り付いている。
尊にはさっきからやたらと連呼されていたディア・ガディアスが何者なのかは知らない。それでも、黒魔術で呼び出すような悪魔(?)なのだからスゴイ人なのだろうとは思っていた。そのスゴイ人がポン太の姿で慌てふためいている………。
何かもう、こっちもどうしようって感じだ。
「誰だよ!?こんな媒体を用意したヤツは!ナメてんのか、コルァッ!!」
チンピラのような台詞を吐きながら、だむだむと石畳の上で地団駄を踏む、ディア・ガディアス。
先程までの威厳のある口調はどこへやら。こちらが地だったらしい。
「どう……なってるの………?」
ぽかんと阿呆のように口が開いてしまう。
さっきから、予想もつかないことばかりが起こった。
しかし、それでも生きていれば宝くじの一等に当選しそうな確率………可能性はかなり低いが『オカルト集団に拉致されて殺されかけた』と、有り得そうなことではあった。
けれど、これは。これだけは。
「有り得ない………」
ぬいぐるみであるポン太が歩いて喋るなど、常識どころか現実離れしている。ポン太が動いて喋ってくれればいいとは思ったけれど、それは幼い時の願望であって………。
どう考えても、この状況は常軌を逸している。
やはりこれは死後の世界なのだろうか。死後の世界で殺されかけるなど洒落にもならないが。
「ポン太………?」
緊張のせいで掠れた声しか出ない。
けれども、尊の呟くような呼び掛けは聞こえたらしい。勢い良くディア・ガディアスが振り向く。
それは尊の良く知るポン太の姿をして、尊の知らない男の声で喋った。
「テメェか!この器物に命を吹き込んだヤツは!?」
「ひゃっ!!」
行き成りディア・ガディアスに怒鳴りつけられ、尊は肝を潰されて後ろへと下がる。
初めて逢う相手に何でいきなり怒鳴られなきゃいけないのだろうか。
「余計なことしやがって!心があれば、人だろうが器物だろうが俺の媒体になっちまうんだよ!!」
プラスチックの瞳の剣呑な視線に晒された尊は、眉をハの字にしてディア・ガディアスの言葉を聞く。というか、聞くことしか出来ない。何か反論できるような余裕がいったいどこにあるというのか。
ポン太が喋って動くだけでも訳が分からない事態なのに、更に怒鳴られるとはどういうことだ。出来ることなら、この場からテオドシウスを連れて逃げ出したかった。
「こんなふざけた躯は俺の人生で初めてだっつーの!しかも、胸糞悪くなるような記憶ばっか集めやがって……………っ!?」
尊にとって意味不明な文句を言い続けていたディア・ガディアスの言葉が不意に止まった。
怪訝に思いながらも、尊に出来るのはディア・ガディアスの出方を待つことだけだ。
「テメェ………」
「は、はいっ?」
「テメェ、『外』から来やがったのか?」
「外?あ、うん。そうだと思うけど………」
トラックに轢かれて気が付けば此処に居たのだから詳しいことは分からない。けれど、尊がこの場所の外から来たことは間違いない。
「めんどくせェことになってやがんな………。おい、召喚主は誰だ!?さっさと契約済ませんぞ!!」
「私が召喚主だっ」
踏ん反り返るディア・ガディアスに、階段の下から慌てて布男が反応した。
事態がよく呑み込めていない尊は、布男とディア・ガディアスを黙って見つめるしかない。
「しかし、貴様は本当にディア・ガディアスなのか?」
「このアホみてェな躯を用意したのはテメェらだろうが!!文句あるなら帰るぞ、俺は!!」
「
布男の話を聞き、尊は不思議そうに首を傾げる。
(ラウディール?ラウル?)
まったく聞いたことのない言葉だが、オカルトな世界では有名なのだろうか。
尊が知っているのは、せいぜいサタンやデビルぐらいだ。ちなみに、その二つの違いも良く分からない。
「貴様がディア・ガディアスならば、証拠を見せてほしい」
「ハッ!人間如きが大きく出やがったな。まあ、俺の名を語る雑魚共が多いのは確かだ。めんどくせェが証拠を見せてやるよ」
揶揄するような口調で言い、ディア・ガディアスは器用にしゃがみ込んだ。
ぬいぐるみでも器用に動けるのだなぁと感心していると、ディア・ガディアスは石畳に片手を当てた。次の瞬間、石畳が鮮やかな赤に光り始める。
テオドシウスが寝かされていた魔方陣とは、また違う模様の魔方陣が自分の足下まで浮かび上がり、尊は慌てて足を退かして後ろに下がった。
「ケセラ・サルマ・オルディーオ・レントス」
周囲の空気が脈動する。武道をやっている者の勘か、ここに来てから研ぎ澄まされた本能か。
尊にはディア・ガディアスが呟いているのが、ただの『言葉』ではないことが分かった。それは………『呪文』。
「リア・ファルトム・セルノ」
空気が魔方陣へと凝縮され、何かを生み出そうとしている。
(何だっけあれ、ファンタジー小説にあった……魔法………?)
遥か昔に読んだ小説の内容を思い出そうとする尊の額に冷汗が浮かぶ。
「出でよ!ダール!!」
呪文を唱え終わったポン太に、全員が魔方陣を見つめて息を呑む。
ポン。
耳に届いたのは、ワインのコルクを抜くような随分と間の抜けた音。
『きゅーきゅー』
赤い煙に包まれた魔方陣からは、可愛らしい動物の鳴き声が聞こえてくる。何が出てきたのかと目を凝らす。
煙の中から出てきたのは、まだ歩みも覚束無い生後一月くらいの赤毛の子犬。犬種を例えるとするならば、ペキニーズだろうか。まっすぐな毛で全身が覆われていて、獅子を思わせるたてがみが首から肩の辺りまで広がっている。ただ頭に角が生えているのが、普通の犬とは違うところだ。
子犬(?)は尊に向かってくると、座り込んだままの尊の足にすりすりと身を寄せた。
「………わんこ?」
「
目を丸くして子犬(?)を見つめる尊にテオドシウスが説明してくれるが、疑問が解けることはなかった。
ラウディールもダールも知らない尊には、とりあえずこれが何かの赤ちゃんということしか分からなかった。
「ちょ、オイ!?なんで、こんなチビのダールが出てくんだよ!俺様が呼び出したんだぞ!?」
固まる四人に対し、ディア・ガディアスだけが地団駄を踏んでいる。そんなに激しく動いて、ほつれたところから綿が出ないか心配だ。
「
クライヴの呟きを耳にしながら、尊は身をすり寄せるダールの赤ちゃん………子ダールを抱き上げてみた。5cmくらいの白い角さえなければ、どこから見ても完璧な子犬だ。
子ダールは尻尾を振って尊の顎を舐める。ドリルのような角が尊の頬に突き刺さり、ちょっと痛い。
「………えーっと」
子ダールを抱き上げたまま、尊は戸惑いがちにディア・ガディアスへ視線を戻した。
「なんで魔力がここまで落ちてんだよ………」
ディア・ガディアスは呆然と呟いた。ぬいぐるみの身体がわなわなと震えている。
尊には事態がよく呑み込めていないが、この子ダールはディア・ガディアスか召喚したらしい。召喚など信じられない話だが、目の前で二度も見てしまうと信じるしかない。
「馬鹿な……。これがあの最強と謳われたディア・ガディアスなのか!?」
下から聞こえた声に振り返ると、布男もディア・ガディアスと同じようにわなわなと震えていた。
無から子ダールを出すだけでもすごいと思うが、二人の反応を見る限りではディア・ガディアスのしたことは失敗らしい。
新たな展開についていけずに子ダールを抱き上げたまま立ち尽くしていると、布男が尊に向かって指を突きつけた。
「クライヴ!そいつを捕らえろ!!」
「はいぃ!?」
「
「誰がソレじゃあ!?」
ソレ呼ばわりが気に入らなかったらしく再び地団駄踏んで怒鳴るディア・ガディアス。すでに登場時の威厳は塵に等しい。
「そういう訳だ」
溜息混じりに呟いて、クライヴが剣を抜く。
「あの、クライヴさん………余計なお世話かもしれないけど、上司に恵まれてないなら人材派遣がお勧めだよ」
「ジンザイハケンが何かは知らんが心配されるほどではない。俺もそれなりに楽しんでいる」
「それは余計なお世話でした。試合って意味でなら、あたしもクライヴさんと戦いたい」
尊は足元に落ちている愛用の木刀を拾って立ち上がる。
高校の入学祝いに敬史から贈られた木刀。女の子らしいものを寄越せと怒ると、お前には一番似合っていると笑われた。
ギュッと木刀の柄を握り締める。
「だけど、殺し合いなら断るよ。あたしの力は人を傷付けるためじゃなくて、人を守るためにあるから」
敬史が教えてくれたことを殺し合いなんかには使わない。教わったのは守ること。
でも、今の尊には守りきるだけの力がない。
だから………。
「逃げるよ!!」
今は、守らなければいけない相手が最優先。
ディア・ガディアスを掴んで子ダールと一緒に胸に抱き、空いた手でテオドシウスと手を繋ぐ。
ディア・ガディアスが何者でどういう立場なのかは分からない。それでも彼の身体は尊の愛するポン太だし、証拠とやらに失敗して捕らわれることになった彼を放ってはおけない。
「離せ、テメっ………ぐぎゃ!!」
暴れるディア・ガディアスは子ダールが頭から咥えて黙らせてくれた。
全員連れて逃げ出すとは思っていなかったらしく反応が遅れたクライヴの脇をすり抜けて、階段を降りようと足を下ろす。
瞬間、一段下から伸びてきた手が尊の足を掴んだ。
「ひゃっ!?」
突然のことにバランスを崩す尊。
なんとドミノ倒しにより気を失っていたとばかり思っていた兵士の一人が、がっちりと尊の足を掴んでいたのだ。昇進間違いなしのガッツである。
急に足を捕まれたことで、駆け降りようと急いでいた尊のバランスが崩れる。
「嘘……っ」
足を掴んでいた兵士は巻き添えになると思ったのか、痣になりそうなほど強く握っていた手をあっさりと離してしまった。それにより、一層バランスが崩れるのが早くなる。
階段に向かって降下していく身体。もう自分の意志で堪えることは無理だ。
「や、落ちる!?」
「ミコト!!」
テオドシウスが尊の腕を引っ張るが、少年の力で体勢を崩した年上の少女を引き上げるのはとても無理だ。テオドシウスも一緒に引き摺られてしまう。
せめてテオドシウスだけでも巻き込まないようにと慌てて手を離そうとしたが、彼の方が尊の手を離そうとしなかった。
「おい!!」
階段から落ちて行く中、クライヴがこちらに駆け寄るのが見えた。
わざわざ剣を渡したり、魔方陣から距離を置かせてくれたりなど、なんだかんだで実はいい人だったのかもしれないクライヴ。
しかし………さすがに今回は間に合わない。
「きゃあああぁぁぁぁっ!!」
テオドシウスやポン太たちを庇うように抱き締めながら、喉も裂けよとばかりの悲鳴を上げる。
時を同じくして、尊が胸に抱いたディア・ガディアスが勢い良く輝き始めた。まるで尊の悲鳴に呼応するかのように、あらかじめ決められていたかのようなタイミングで。
「なんだ!?急に魔力が………っ」
さっきの魔方陣と同じように辺りが光に占拠される。
あまりの眩しさに目の前が真っ白になり、尊は目を閉じた。